2009年4月の記事一覧
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クリストファー・レイは、ゴールデンウィーク中、カレンダーどおりにお休みを頂きます。本社宝塚ショールーム、東京展示ルームも同様にお休みとなります。
念のため、それぞれの営業日カレンダーを事前にご確認下さいますよう、お願い致します。
カタログのご請求、メール・ファックス・お電話でのお問合わせに対する返答は、つぎの営業日に速やかに行いますが、多少のずれが生ずる場合がありますので、あらかじめご了承ください。
西洋と東洋の照明器具の架け橋的存在といえば、まずイサム・ノグチ氏を上げなければなりません。先日あんどんのことに触れましたが、あんどん型照明といえば、イサム・ノグチのAkariシリーズのペンダント照明ではないでしょうか。
彫刻家でデザイナーでもあった彼は、本当は照明以外のことで有名なのですが、悲しいかな、照明器具業界の一員としては、このあんどん型照明器具をはずすわけにはいきません。
アメリカ人でありながら、また勉強・活躍の場が主にアメリカであったにもかかわらず、こんなふうに東洋の美をデザインしてくれたイサム・ノグチに感謝。
省エネ志向の時代ですから、弊社も当然蛍光灯使用の照明器具を考慮しなければなりません。一方、コンコルディア照明のラインナップは伝統的なデザインが多いため、どうしても白熱電球がよく似合います。
今日も「わたしは雰囲気のよい、カフェみたいなキッチンカウンターを目指しています」というお客様が来られ、でも「できるだけ蛍光灯を使いたい」とおっしゃったのです。さて、こうなると私どもは頭を痛めるわけです。
結局最終的にはキッチンカウンターの上には 25Wの白熱電球を入れたペンダントライトを2セットつりさげ、その代り、キッチン天井には蛍光灯できちんとした光を取るようにしました。
これで、作業のときに光量の不足がなく、天井の蛍光灯を消したときにまさに「カフェ」風になり、そして、25Wが2つですから、電気代の負担もそう多くない、ということになりました。
めでたし、めでたし。
雰囲気と経済性・省エネの戦いはこれからも続く・・・、でも要するに、バランスと使い分け、ですかね。
ヨーロッパ生まれの照明器具でありながら、とてもなつかしい印象を受けるものがいくつかあります。今日はそのうちの一つで、「行灯・たいまつ」型。
別の項で述べたように、照明器具の現在の形・デザインを形づくるうえではずせないのは、ロウソク時代の照明器具でした。シャンデリア電球などはその典型です。
一方、ロウソクではなく、行灯をモチーフにしたデザインのものも結構存在します。上の写真のものはその一つの例です。これは、ご覧になって分かるとおり、いわゆる普通に木を燃やしただけのたいまつ型ではなく、油の灯火に和紙の風よけを施したものです。
ですから、私たちが今までどこかで記憶してきた灯りのひとつとして、これを目にしたとき、なんとなく懐かしい感じがするのではないかと思うのです。
果たして、このタイプの行灯は昔から今まで、ヨーロッパには無かったのでしょうか。私の知る範囲では無いと思うのですが、ということは、このデザインはもしかして日本あたりから輸出されたデザインなのではないでしょうか。
3月がお引越しのピークということは、だいたい常識的に理解できます。年度変わりということで、子供の学校も同じタイミングで転校したりします。(最近はなかなか家を作ったからと言って、軽々しく転校をさせる親は少なくなったようですが。)照明器具のご用命もこの時期に合わせて頂戴することが多い、というのも同様に理解いただけると思います。
さて、そんな3月が過ぎ、4月に入りますと、いったん新築物件がおちつき、照明器具のご注文も急に減るのですが、面白いことに、4月の後半、丁度今の時期にもう一度増え始めます。それはなぜか?
理由は簡単です。つまり、春休み中に完成・引渡しの予定をしていた新築物件が、スケジュール遅れのために、ゴールデンウィークお引越しをねらっての引渡しにずれ込むわけです。
つまり、私たち照明器具業者は、ややもすると、ゴールデンウィークにバタバタがずれこんで、休みを幾日か損することもあるのです。
ぼちぼちホームページを全面改装しなければならないと考えています。
今のホームページもかなり改良を重ねて今の姿になっており、昔に比べるとうんと分かりやすくはなっているのですが、それでもまだまだ改良の余地あり、との結論に達しました。
ずっと前にプロの方にHP作りをやってもらったのですが、大失敗でした。それは、こちらがいかに説明を尽くしたつもりでも、私たちから先方の営業担当者への意思の伝達、さらに彼から製作担当者への伝達に問題があったためです。
それから約8年、HPは自分たちの手で製作してきました。そして、久しぶりの全面改訂。
今度は久しぶりにプロの手を借ります。でも枠組みや見栄えはプロの方の手を借りながら、中身は自分たちでやっていきます。
さて、どんな風になりますか。たのしみです。
古い映画を観ておりましたら、パリのガス灯を消す場面が映りました。担当者がひとり夜明けに街をまわり、ガスの栓を止めているようでした。それも上についているのが、一つではなく、複数口のガス灯でした。
消すのは、はっきり言って簡単だろうと思います。ガス栓を閉めるだけですから。
でも、点灯するときにはどうするのでしょうか。
高いところの栓を開けるだけでは、今のように自動着火装置がついているわけではないので、火種をガス口に近づけながら栓を開けたんだろうと考えます。でも、複数の口がついたガス灯の場合はどうしたんでしょうね。消すときは一回の作業でしたから、つけるときに開ける栓も一箇所だとすると、3ヶ所に火種を、それも一時に持っていけたのでしょうか。
最近照明器具の歴史を研究しているせいで、ちょっとしたことが気になります。
下向きだけでなく、斜め方向への設置も可能となりましたので、一見すわりの悪いようなシェードも作られました。
昔のように上向きで使うことが決定されていれば図柄も天地を意識してデザインされたのですが、今は使い手の判断で上下どちらで使われるか分からないために、デザインもはっきりと天地の分かるものが少なくなりました。
そして、次には従来のロウソク・アルガン式ランプでは考えられなかったガラスシェードが誕生します。つまり、光源をすっぽりとガラスで包んでしまうやりかたです。ボールのような、またはお餅のような形状ですっぽりと電球を包み込みます。これでますますガラスシェードの美しさが前面にでてくるようになったのです。
ガレに代表されるアールヌーボー、やアールデコ時代の照明器具、ティファニーシェードなどは、いかにガラスの持つ美しさを楽しんでもらうか、という種類の照明器具です。
風よけの必要もなくなり、また眩しさを抑えようと思えば電球のワット数を下げれば良くなったのですから、あとは装飾のことだけを考えればよくなった照明器具職人やガラスシェードの職人、デザイナーは、競って美しいガラスシェードを作りました。
吹きガラスの技法も上達し、フリルつき、2重・3重に色ガラスを重ねること、色の帯をつける、などのことが可能になりました。また、形もたてなが一辺倒から、横に広がったデザインのものが生まれました。そのほかにも、型にはまらないいろんなデザインが生まれたわけです。
色を出すためにガラスに混ぜ物をするわけですが、一時期ウラン鉱石をまぜたとても美しいガラスが競って作られました。ヴァセリンガラスと呼ばれています。今はもう製造を許されていませんが、本当に美しく、現在ではアンティークショップで見られるだけです。
炎の代わりに照明器具に電球が使われると、はっきり言って風よけとしてのガラスは必要なくなったわけですが、それでもその間に発達したガラスシェードの形・デザインを捨て去るわけにはいきません。ガラスシェードの中に電球を入れて使用する、ということが当然のように行われるようになりました。
照明器具が電球に移行したときの最大の変化のひとつは、光がしたから上向きに発されるだけではなく、下向き・横向きにも光が出てくることでしたが、そのときにも人々はガラスシェードを一緒に使用するようになりました。
アルガン式ランプ(日本で言われるオイルランプ)の時代には、風よけのほかに眩しい炎を隠す、という役割を担ったガラスシェードですが、電球になってもその役割は受け継がれ、そのうえで、ガラスのもつ美しさや、ガラスに施される装飾を楽しむことは引き続き、というかより一層発展することになりました。
当然ガラス職人は下向きに使われることを想定していろんなガラスシェードをデザイン・開発してゆきました。
先日ロウソクの炎のための風よけとして、日本の照明では紙(和紙)、ヨーロッパの照明器具ではガラスが使われたことをお話しました。
ヨーロッパのガラスのほうは、最初はシンプルに透明の筒状ガラスが使われました。そのうち、そのガラスに模様がつけられたり色がついたりしました。フリルがついて花のようになったりするものもあり、多種多様になっていきます。
最後にランプ(アルガン式)に移行したときには、炎を強く吹き出すために空気の流れが大切になり、このため外側のガラスシェードのほかに内側にホヤも使われるようになりました。
そして、電気照明に移った段階で、それまでのガラスの役割(=風よけとしての役割)は終わりをつげました。
省エネのことが大きく取り上げられていますが、私たちはいま、照明の分野においても、もしかして大きな分岐点にきているのかもしれません。
白熱電球から蛍光灯への動きは、だいたい皆さんご存知かと思いますが、さらに発光ダイオード(LED)による光、そして最新技術としては有機ELがあります。
LEDはここ何年かのクリスマス・オーナメントにはほとんどこれが使われていますから、これもおよそのイメージはもてます。すごく小さなものではありますが、いままでの光、というか「発光」のしかたはなんとなく似ていますから、今後生まれるであろう照明もいままでの延長上で考えても大きくは異ならないだろうと思います。
でも、問題は有機ELです。これは発光体が物質そのものなので、その物質全体が光る、と捉えなければいけません。たとえば、天井照明といっても、天井そのものが光る、というイメージらしいのです。つまり、「照明器具」と呼ばれるものは無くなるかもしれない、というわけです。
さて、そのとき我々はどう考えるのでしょうか。シンプルでよし、とするのでしょうか。それともなにかぽっかりと何かが足りない、と感じるのでしょうか。
実用化までにはまだ若干時間があると思いますが、実用以外の部分をどう考えるのか、・・・ 議論の余地はありそうですね。
シャンデリアに使われているからシャンデリア球と呼んでいるわりには、コンコルディア照明では他の照明器具にも、けっこうこのシャンデリア電球をお薦めしたりしています。
理由その1は、やはり格好良いこと。たとえガラスシェードに入っていても、下から覗いて見えたときにシャンデリア球のほうが見栄えが良いです。
理由その2は、フィラメントの位置。つまり、小さな丸球を使ってガラスシェードの奥のほうでフィラメントが光っているよりも、ガラスシェードの真ん中くらいの位置でフィラメントを光らせようとすると、シャンデリア球のほうが適していることが多いのです。
もっとも、意図してやらない限り、電球がガラスシェードからとび出るのは一般的には好まれませんから、そんなときは小さな丸球をお薦めしています。
ちなみに、価格はほとんど同じだと思います。すくなくとも、コンコルディア照明で販売しているものは、両方全く同じ価格です。
昨日シャンデリアの「ロウソクの筒」のお話をしましたが、その中にはソケットが隠されていて、さらにその上に乗っかるのが電球です。ロウソクの筒の上に乗っかるのですから、当然のように、形は炎を模したものになっています。
ロウソクの時代ではなく電気によるシャンデリアなわけですから、何だって良いわけですが、それでも人々はロウソクを意識した部品・電球を作ってきたのです。面白いものですね。
電球もしかり。やはり炎の形をしないと、人々は納得しなかったというわけです。
「シャンデリア球」「ロウソク球」「水雷球」といろいろな呼び方があります。中には、製造時に先端をくるりとひねって、まるで炎のような形にしてあるものまであります。
といっても、何のことか分かりませんよね。
我々の業界言葉でいうと、「キャンドルチューブ」とか「ロウカン」などと呼ばれるのですが、要するにシャンデリアのソケット部分がまるでロウソクのようになっている、その筒の部分のことです。
当然のことながら、これはむかしむかし本物のロウソクを何十本と灯したシャンデリアがありましたが、それに代えて電球方式にしたわけですから、本物風な筒を用意し、その上に炎タイプの電球をつけたのです。
そして、そのスタイルが延々と現在まで受け継がれているのです。
そのロウソクの筒の部分は、凝ったものは蝋が垂れた様子まで再現されています。材質も最初は紙が主体でしたが、それから陶器のものができたり、最近ではプラスチックが主流になったりしています。もっともほんとに最近のものには、プラスチック敬遠のためか紙製が復活したりしています。
プラスチック製のものに年月が経つと劣化がみられることがあるのに対して、紙製はほとんどそれがありませんから安心は安心です。(紙製と言っても、きちんとコーティングはされているので。)
白黒映画の時代、灯りというか、明暗というのがカラー映画以上に大切にされていたのではないでしょうか。
ほのかな街灯のもと、走るオーソン・ウェルズの人影が小さくなったり大きくなったり、濃くなったり薄くなったりしながら緊迫した場面が過ぎていく、バックに流れるチターの音色・・・ 思い出しますね。
若い頃、ウィーンの遊園地のあの観覧車を見て、得意になっていたものです。・・・が、いま筋書きを思い出そうとしてもなかなか思い出せません。
でも、上に述べたシーンははっきりと目に浮かびます。やはり「灯り」が好きなんですかねぇ。
先日、あるインテリアの教科書的な本を眺めていたら、階段の照明についてこんな意見が書かれてありました。
階段スペースの天井から照明器具を吊るすのは、メンテナンスが難しいので止めたほうが良い。さらに、階段の壁の照明も同様の理由でお薦めではない。 だから、2階に上りきった部分に天井照明をつけ、これで階段の明かりをまかないましょう、というご意見でした。
でも、ちょっとこれはどうですかねぇ。
折り返し状の階段の折り返し部分天井からちょっと下がった照明は、階段下から見上げたとき、上り下りの最中にもとても綺麗なものです。階段の途中の段から手を伸ばして届くところに設置すれば良いので、そんなにメンテナンスに支障はないと思うのですが。
壁照明だって、ついている真下の段からは手を伸ばしてメンテナンスするのにちょっと苦労するだろうけど、上の段からだと案外楽にできるわけで、そんな場所を選べば良いと思います。
まあ、そんなにむきになって反論すべきことでもありません。とにかく、各自がお好きなものをお好きな方法で設置されれば良い、というのが基本です。何かが間違い、ということではなく、逆にお好きなものならば、メンテナンスに少々難があっても、やってしまえるわけです。

