2010年11月の記事一覧
←2010年10月 2010年12月→照明器具を天井から吊るすときに、天井接続部をきれいに仕上げるとよりいっそう照明器具が引き立つことがあります。
特に、最近多いのが「引掛けシーリング」式に、カチッとひねって簡単とり付けのできる器具ですが、この場合どうしても天井の接続部が見えてしまいがちになります。
これを上手に隠しましょう、ということでコンコルディア照明ではいくつかの部品をご用意しておりますが、それをこのほど『動画』でご案内しております。
「なるほど!」と思っていただけるかもしれません。
ご興味のある方はどうぞ下のページにお進みください。
http://www.christopher-wray.co.jp/buhin/tenjou.htm
と、こんなご質問をよくいただきます。
コンコルディア照明のラインナップの多くは私どものオリジナルで、それ以外のものも含めておそらくほとんどの商品は弊社でしか見ることができないと思います。オリジナリティには自信があるものの、一方お客様の側からすると、この商品は○○メーカー製で、A店でもB店でも売っているからそこでまず品質を確認し、そのうえでどの店から買うか考えよう、というような買い方ができません。
私どもではホームページでの商品案内とカタログ販売を中心に販売をしておりますが、一方で、やはり実際に商品を見て確かめたい、というお客様も多くいらっしゃるので、私どもでは 宝塚本社(兵庫県宝塚市)にショールームを設けており、また2007年春より東京銀座に小さな展示ルームを作っています。
東京展示ルームの方は完全予約制だったりしてちょっとご不便をかけたりしますが、よろしかったらどうぞご利用ください。(宝塚ショールームのほうも、土曜日のご来店には事前のお電話が必要です。) ともに、シャンデリアをはじめ各種照明器具がぎっしり詰まったスペースをご用意しています。
バンカーズランプというのがあります。ロンドンの銀行家が昔好んで使ったということで、緑のシェードをもったデスクランプです。深い緑色で、裏側には白のガラス。2重に作られています。消灯時には黒っぽい色で、点灯するとそれはきれいな緑色になります。白い裏地(?)があるので、デスクの上は作業がしやすく、深い緑を通した光なので、目にはほんとうに優しい光になります。そんなデスクに座っただけでその人には威厳が備わり、前に座った人に信頼感を与えます。
銀行家、弁護士などが好んで使ったそうで、そういう人たちが使うとよりいっそう威力を発揮したでしょう。
そんなデスクランプ、いまでも使われているのですが、ちょっと様相が変わっています。日本のテレビドラマだけでなく、ハリウッド映画でさえ、本当のバンカーズランプはもう手に入らないようです。いま使われているのは、薄い緑の明るい色で、へたをするとプルスイッチの鎖が付いています。本当に軽々しい感じで、座っているひとを偉く見せることはもうできません。
なぜでしょうか?
それは、そのガラスを作ることのできる工場がなくなったからです。もちろん、真鍮製の重厚なつくりの台をつくることも最近はままならないようですが、そのガラスがないのはもっと痛手でしょう。
照明器具のよしあしで、はっきり言って家は変わります。そして、照明器具のよしあしで、デスクの雰囲気もがらりと変わります。でも、そんな照明器具を見る機会が昔のように多くありません。
本当は私どもがそんな役割を果たすべく頑張らなければならないのですが。まだまだ力不足です。申し訳ないと思いつつ、それでも少しずつ良いものを提供するように致します。
かたや同じ目的で作られたのがガラス製のシェード、ガラスシェードです。ガラスシェードの発達の歴史は前に述べたのでこれは省きますが、布シェードもおなじく古い歴史を持っています。決して電球ができてからの産物ではありません。
つまり、布シェードの意義とは、「灯心から目を守る」ことだったのです。
そして、皆様ご存知のように、布シェードはきらびやかに発展してきました。フリルやプリーツ、フリンジなどもつくようになりました。電球が発明されてからは、電球に挟み込んだりして設置することも出来るようになりました。そうして、布シェードは光の文化にとってなくてはならない存在となったのです。
現在コンコルディア照明では一時輸入を中断しておりました布シェードを、種類を絞りながら再開しています。ご要望がありましたら、どうぞお気軽にお問い合わせください。
シャンデリアやブラケット照明(壁付けの照明)にはロウソクのデザインのソケットと、それにロウソク型の電球をいれたものが数多くあります。
歴史的にこれらは、もともと本物のロウソクが使われていて、それが電球の発明によって電球にとってかわられたわけです。
ではなぜ、そこによく布製のランプシェードが被せられるのでしょうか。それにも歴史があります。
みなさん想像なさってもご理解いただけると思うのですが、ロウソクの光というのは、じっとそれを見つめても落ち着いた気持ちにこそなれ、まぶしいとか不快な印象を持ったことはないと思います。だから、本来ロウソクの光になにかカバーのようなものを被せる必要性はありませんでした。
ところが、燈油やガスを使った照明器具の場合は、ロウソクよりももっと強い光を発します。燈油ランプなどは空気の流れる道をわざわざ作ってやることでよりいっそう強い光となりました。だから明るいのは良いのですが、その分直視すると目が疲れることが多くなったのです。
一方、そういった炎は風には弱く、また何かに燃え移る危険性もあることから、これら炎の部分をガラスで包むことも行われました。最初はたぶん透明で筒型のガラスだったでしょう。上に述べたようにこれが空気の通る道ともなりました。
そして、他には火が燃え移らないようにしつつ、ランプシェードを被せてまぶしさをおさえた、というわけです。
水戸の黄門様が助さんと格さんを引き連れて最後に悪人を懲らしめる場面、たいていは月曜日の午後8時40分ころの場面ですが、たいていは最初に悪人たち相手にひと暴れしたあとに、格さんが葵の御紋を悪人たちのほうにかざして「この印籠が目に入らぬか、頭が高い!」「ははーっ」ということになります。
そこでいつも思うのですが、とくに薄暗い部屋の中とか、戸外で印籠を見せても、だれもみえないのではないでしょうか。それも印籠ですから、手のひらサイズ。そんなにおおきなものではありません。江戸時代の行灯などはほんとに頼りにならない明るさで、さらに戸外では外灯もなし。見えるわけはありません。
夜の場合、格さん助さんはかならず念のために提灯を持ち歩くべきだと思います。
演出のかた、お願いします。
照明器具を扱っているとそんなことばかり気になって・・・ すみません。

